Social CM Award 2009 結果発表
作品投稿数170本の中から最優秀賞、優秀賞、そして審査員賞が決まりました。
箭内道彦賞
釆見達也 (早稲田大学文化構想学部3年)
「情報は正しくお使いください」
共同制作者
小出弥生(早稲田大学) 越後圭祐(早稲田大学) 氏家浩史(早稲田大学) 笠井雅穂(早稲田大学)
作品の扱う問題
メディアリテラシー
作品アピール欄
10年前だったら情報を手に入れるということは、今ほどに簡単ではなかったはずです。
本で調べるとするならば、まず図書館や書店に足を運ばなければならない。しかも必ず欲しい情報があるとは限らない。
その分野に詳しい人に聞くという手段もありますが、その人が知っているとは限らない。
情報を手に入れることは、ある種の面倒くささがつきまとっていたと思います。だからこそ、知りたいことが分かった時は嬉しいし、わざわざ動いた分だけ忘れないようにしようと思う。
ネットは全てと繋がったようでいて、それと引き換えに何かを失ったように思います。
例えばその情報を得るためには、図書館へ行けばいいのか、本屋にいくべきなのか。それは市民図書館へいけばいいのか、国立図書館へいかなくてはいけないのか。
そういった「情報のありか」への想いを巡らす力をネットは一気に排除したのではないでしょうか。
この事で人は大きく退化しちゃったんじゃないかなぁと感じます。答えが全てネットに載っているような気がして、そしてネットもその錯覚に応えるべく、一見それなりの情報を提供しているわけですが、それで「自分で探した」気になっている自分がいて、時々凄い怖くなります。2、3分探しているだけなのに見つからないとイライラする自分は、10年前の僕らの世代の方達と比べると、かなり退化しているんじゃないかなぁと思います。
説明が長くなりましたが、この作品はこのような社会問題と僕自身の経験から始まりました。
こういったメッセージ性のある動画がもし同世代が作ったものだったら、単純に上から物を言われたくはないと思いました。もし見る側の立場だったら「お前だっていつもそんな事考えているのか」ときっと思ってしまう。だから、もっと親しみのもてる映像を作りたいと思った結果、このような感じになりました。この映像の目指す雰囲気が「チープで馬鹿っぽい」だったので、終始笑いながら作っていました。
なぜこの社会問題を選んだのか
ちょうどこのコンペに出る事が決まった時、草なぎ剛の騒動がピークでした。
服がどのようにたたんであったとか、正座をしていたとか、マスコミは草なぎ剛の事であれば、どんな些細なことでも執拗に追い回していたように感じます。
そして僕たちもその(半ばどうでもいい)情報に対して嘆いたり、笑い飛ばしたりしていただけでなく、更に警察までもが家宅捜査に踏み込む事態になったのは、ご存知の事だと思います。
後日、マスコミは「行過ぎた報道を私たちは反省すべきだ」と自らまでもネタにして報道しました。自分たちで炎上させたにも関わらず、自分たちがこんな形の報道はすべきではなかったと言っていることに憤りを感じずにはいられませんでした。
しかし冷静に考えると悪いのはマスコミだけではないと考えるようにもなりました。マスコミは受け手が望むから流したまでで、ある意味従順に仕事をしたまでなのではないかと思ったのです。
今、送り手も受け手も「情報を判断・識別する能力」が欠けていると強く感じました。以上の理由でこの社会問題を選びました。
社会に言いたい事
若いというだけで周りの大人は良いねぇと言うが、若いうちはなんでもできるという認識は辞めて欲しい。
若い頃でも、できない事はできないという空気がちゃんとあって、そこに抵抗することに意味があるんじゃないかと思う。挑戦することを、何でもかんでも「若い」からということと結びつけるのはやめてほしいです。
大人になっても、本気になればできないことはないということを証明して欲しいし、僕たちもそれを証明すべく動かなきゃいけないんだと思う。大人になることに躊躇させないで欲しい。












